シリーズ記事の続きです
主に
帆船やヨットにおける「キール」の変遷を解説しています
ちょっと脱線して漁船兼レーサーの「ブルーノーズ」
と来て、キールの形状はさらに先鋭化されてきました
この時期からキールと呼ばれる部位は、2つの役割に分離されていくのです
アメリカスカップと言えば、世界最古にして最高峰の国際ヨットレースなのですが
カップ防衛艇、挑戦艇ともに、その時代の造船技術で考え得る最高のヨットを作りその速さを競います
大会の回を重ねるごとに「速いヨット」の共通認識が出来上がってきて、建艦競争が起こります
この時代の船を設計する際のクラスルールが甘く、船体はより小さく細く、またセイルはどんどん大きく
船としては不安定になり、安全性に疑問符が付けられるようになりました
ならばもうちょっとルールを厳格にして、ほぼ同じ船を用意して操船技術だけを競ったらいいんじゃね?
という発想で新たなクラスルールなるものが整備されたのです
この時の規則はユニバーサルルールと呼ばれ船の全長、水線長、セイル面積など細かに決められたルールに基づき船が建造されることになりました
こうして競技用にほぼ同一の形状の船として登場したのが
Jクラス(Jclass)と呼ばれるヨットです
(´-‘).。oO(日○航空のJクラスまたはクラスJとはなんの関係も無い 念のため)
ちなみに2本以上のマストで大きさが異なるA~Hクラス
1本マストで大きさが異なるJ~Sクラス(Iクラスは欠番らしい)
つまりJクラスは1本マストヨットの最も大きなクラス
ということになりますね
前回紹介したサー・トーマス・リプトン卿の5回に及ぶアメリカスカップへの挑戦における最後の船
「ShamrockV」
その船を含む同型艇が「Jクラス(Jclass yacht)」にあたります
(´-‘).。oO(もちろん私は乗ったことがありません)
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まずはキールの話
実はキール形状は以前紹介したのヴァルキリー2(Valkyrie2)と比べ
断面図では大きな変化はないのですが
横から見るとよりスムーズな流線形に洗練されているのが分かりますね
これまで
船を中心線で支える構造材としてのキール(竜骨)および船底としてのキール
そして
セイルにかかる風の力によって船の傾き(ヒール)を抑えるキール(錘またはバラスト)
だったものが
船の横流れを防ぐためのキール(安定板)としての役割が顕在化してくるんですね
(´-‘).。oO(全部キールなのよ)
この安定板の役割のみを突き詰めると将来的にはセンターボード
に行きつく訳ですが、この時点ではまだ
キール=竜骨 船底 錘 安定板
これらすべての役割が混在したまま、徐々に分担を明確化し始めた状態と考えて頂ければ理解しやすいかと思います
最終的にキールは
船底→船底に付属する別個の構造物
となり錘かつ安定板としての役割に専念する形状へと進化していきます
そして消えます!(後日解説予定 あ、ネタバレしちった)
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次に
どれほどJクラスがスゴイのか熱く語ってみましょう(ドン引きしないでね)
私が船乗りとして物心ついたころ(19、20歳ごろ)、このJクラスを見た感想は
(´-‘).。oO(古臭い)
でした
もうすでに一般的な形状ではなかったんですね
学生セーラーとして船に乗っていた時代は見向きもしませんでした(Jクラスという名前も知らなかった)
古今の帆船やヨットを俯瞰的に見比べているうちに
(´-‘).。oO(あぁ、このJクラスが究極の形状だわ)
と思い直すようになってきました
以下その理由
ヨットの進化の過程において、最もバランスがとれており、何より美しい
水面下では
キール(船底、錘、安定板)として複数の役割を最大限発揮するため複雑な曲線で構成されつつも全体としてシンプルな流線形にまとまっています
前後にオーバーハングしたシャープな船体
ピッチングにより水線長を維持する効果があり、風に対しより切り上がることが出来ます
合目的的に作られたが故の機能美が凝縮されているといっていいでしょう
ガフリグからバミューダ装帆へ移行し、メインセイル、ジブセイルの2枚のみで効率的に風をとらえます
一方、下り帆走においてはスピンネーカーセイルを用い、後方から目いっぱい風を受けることができます
(そのセイルのことも後日解説予定、作品にも設置予定)
現在のヨットの最も基本的な帆走システムが完成されたのがこのJクラスの時代でもあります
レース艇でありながら、高級船舶としての矜持も失っていません
注)船内です↓
SHAMROCK V Yacht Charter Price - Camper & Nicholsons Luxury Yacht Charterより
(´-‘).。oO(お、これ↑ チャーターして乗船できるぞ・・・でも料金高いorz)
もはやただの「乗り物」ではなく、誇り高き「レース艇」であり「クルージング艇」であり「高級宿泊施設」
当時の大英帝国の威信をかけた「象徴」でもあり、技術の粋を尽くした「工業製品」であり、職人が腕を振るう「伝統工芸品」だといってもいいでしょう
こういった動画を眺めていらた、もう溜め息しか出ないですわ
現在のスピードや競技性のみを追求し、バケモノ染みたフォルムに進化したかっこいいヨットも好きなのですが(いずれ語る予定)
Jクラスのような優雅で荘厳華麗、それでいてどこか牧歌的なヨットで行われるオーソドックスなスタイルのレースも最高です
このJクラスヨット達は数奇な運命をたどります
サー・トーマス・リプトン卿のShamrockVによる最後の挑戦である第14回(1930年)
その後
第15回(1934年)
第16回(1937年)
と、わずか数年間しか活躍していません
またその後に勃発した2回の世界大戦により鋼鉄・鉛などの軍需物資の需要の高まりにより、ほとんどのJクラスヨットは廃棄・再利用されることになりました
戦後もJクラスの維持費は非常に高額になるため、アメリカスカップでも次のクラスへと更新され、次第に見向きもされなくなっていったのです
不遇の時代が続きました
そのような逆境にあっても、細々と生き延びた数艇は、後にヨット愛好家によって復元され新たなレース艇として生まれ変わることになります
1980年代までに生き残っていたJクラスはシャムロックV エンデバー ヴェルシェダの3艇のみでした
1988年、約50年ぶりに3艇が一堂に会しレースを再開するのです
その後も新造のJクラスヨットが次々と名乗りを上げ
いまでは毎年のようにレースが開催されています
この記事を書いている現在、新旧合わせたJクラスは9隻の船で構成されています。エンデバー、ハヌマン、ライオンハート、レインボー、レンジャー、シャムロックV、ヴェルシェダ、トパーズ、スヴェア
如何にこのクラスの評価が高かったか、愛されていたか、ということがこの事実でもお分かりでしょう
(´-‘).。oO(アツい話やでぇ)
初期は艇種も大きさもマストの本数もセイルの枚数もまちまちで行われていたアメリカスカップでしたが
時代が進むに従いより洗練された形状に収束していき
ワンデザインあるいはワンメイクと呼ばれる共通の船を用いて公平に航海技術のみを競い合うレース形式に進化していきます
Jクラスはスポーツとしてのヨットレース、その元祖とも言え、かついくつかの船は今も現役としてレースに参加している
というまさにレジェンド的な船であると言えます
リプトン卿の物語のみならず、Jクラスのような船の物語も織り成しながら脈々とアメリカスカップの歴史は紡がれていくのでありました
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最後に、ペパクラ作品について
前回の記事で「最も美しい(著者基準)船型を持つヨット」とタンカを切ってしまい、尚且つペパクラクリエイターを自称している以上
「え?作んねぇの??」
と言われる(思われる)ことに耐えられません(被害妄想&自縄自縛)
また、以前から「作ってみたいペパクラ」の上位3位以内に常に居たような作品ですので、これを機会に作ってみました
ちなみに、これでもまだ「試作品」です
その証拠に
セイルの裏面はまだ印刷しておりませんww
あとデッキは・・・
まるで空母レベルのフラッシュデッキ(まっ平ら)
実艇はもっとごちゃごちゃしてるの
あと紙の継ぎ目がチラチラ見え隠れしてるのが気になる
デッキの描画が終わった段階で、モチベーションが尽きかけてしまったので、とにかく一回形にしてみよう
ということで作ってみたら想像以上に良いものが出来まして・・・
ワタクシの悪い癖で、そこで製作がストップしてしまうことが多々あります
例えば
これも試作品1艇作ったまま手つかずです
早い段階でデッキ上の構造物の製作やらセイルのテクスチャとか描き込みたいところではあります
もし完成品が出来たら、いつものようにねちっこく紹介しまくると思いますので心の準備をよろしく
ただ、まあ・・・試作品とはいえ
見てくださいよ!このセイルカーブとスロットル(セイル間の絶妙な隙間)
(´-‘).。oO(何がすごいのかはマニアにしか分かりません悪しからず)
↑ここでもお話しましたように
紙ならではの表現技術!!プラスチックやただの布ではここまで再現することは難しいでしょう
ここ数日はひたすら自己満足に浸っております
ホントはこういった↓
本格的な帆船模型にも手を出してみたいところではありますが・・・
今のところペパクラで十分かなぁ(作品をニヤニヤ眺めながら)