先日、東京の都心に出張がありました。
東京駅から一駅(内回り?外回り?)、神田駅の近くのホテルに宿泊
(実は東京の土地勘がほとんど無い)
参考までに関東絡みの旅行記はこれかな?
東京の地理に詳しい方はご存じかも知れませんが
皇居から北東へ歩いて、神田川の手前あたり
「観音坂(かんのんざか)」という地名(史跡?)があります
ちゃんとgoogle mapにも掲載されている
ホテルから近かったので、徒歩で向かってみました
何故かといいますと……
少し前になりますが、わたくしの拙著
この歴史小説「仮観の法灯(けがんのほうとう)」に登場する
琵琶湖岸の古刹(古い寺院)
「芦浦観音寺(あしうらかんのんじ)」(実在・現存です)
が登場しますが
この東京のど真ん中にある観音坂は
このお寺に由来する地名なのです
は?
ですよね
「え?観音寺って名前が付くお寺なんて、日本中に腐るほどあるじゃん」
「いくらなんでもこじつけだろ?」
って思いましたよね
ではこの坂にある碑文を文字起こししてみましょうか
(観音坂:和歌地ビール撮影 2026)
観音坂
元禄期(1688~1704)まで、この坂の上に芦浦観音寺(茅浦観音寺と記した資料もあります)が建っていたことから観音坂と名付けられました。その後、観音堂があった場所は旗本屋敷となりました。
明治時代には、この地域には実業家や政治家などの邸宅がありました。
信じて頂けましたか?
ただこの碑文だけでは、そもそも
なんで?
から一歩も抜け出せていませんよね
実は参拝するための、観音寺の分院があった訳ではないんですよ
「屋敷」があったんです(観音堂ってあるからたぶん参拝も出来た)
芦浦観音寺は織豊政権(信長-秀吉の時代)から琵琶湖の水運を一手に担っており
1601年(関ヶ原の翌年)に家康から正式に船奉行に任命されています
当時は「水運」といえば「琵琶湖」でしたからね
1685年に罷免されるまで、江戸の屋敷で奉行職に就いていたんですね
坂の名前を冠するくらい有名ならば
他の大名屋敷に匹敵する規模の建物があったのではないか?と推測しています
残念ながら北前船・菱垣廻船・樽廻船などの外回り航路が整備されてからは
ローカルな琵琶湖水運の担当者に戻ってしまいました
この歴史的な流れも、いずれ物語にしてみたいものですが、ここでは閑話
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碑文を画角にいれた坂の写真がこちら


早朝5時の散歩がてらでしたので、ちょっとだけ薄暗いですが
坂の上から撮影した画像です
この碑文から左側のエリアに屋敷があったのでは?と推測しています
正直なところ、観光地ではなく
周りにも何もありません
わざわざ、ここを目的地にする必要はありませんが、近くを散歩することがあれば
一度碑文を読んでみて下さい
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さて、余談ですが わたくしのモノ造り
最近は小説執筆に軸足が寄っております
以前に
コンテスト受賞のお知らせをしましたが
現在、新作をもってカクヨムコンテストに挑戦しております
そしてなんと!!

暫定1位!! Oh!Year!!
だったのですが……
9/2現在4位まで落ちて来ています
ランキング=受賞
というわけではありませんが、上位だと間違いなく審査員の目に留まります
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もしかしたら貴方のポチポチが「和歌地ビール」を作家デビューさせるかもしれませんよ








