わかくさモノ造り工房

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空母飛龍を作ってみた10 ~空母の艦橋について その1~

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突然ですが

大戦時の写真などを見た際に、あなたは空母飛龍を見分けることができますか?

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私は専門家ではありませんが、自称「軍オタ」です

上の写真にある艦名をすべて的確に当てられる程の目は持ち合わせていませんが

飛龍は分かります

 

旧帝国海軍艦艇の中でも飛龍は比較的見分けやすい艦だからです

その見分けやすい特徴を、飛龍の生い立ちと共に語ってみましょう

 

 

まず最初に飛龍の外観、性能を運命づける2つのキーワードが出てきます

軍縮条約

左舷艦橋

飛龍が生まれたのは空母という艦種の黎明期~用兵思想が形になりかけてきた時期です

つまり、ある程度の形は出来てきたけど細かいところではまだ試行錯誤が続いている状態ですね

 

元々は蒼龍型空母の二番艦として計画され、建造が予定されていました

一番艦である蒼龍の建造時には、ワシントン・ロンドンの二つの軍縮条約により空母の合計排水量は8万1000tに制限されていました

巡洋戦艦から改造した空母赤城、戦艦から改造した空母加賀、その他既存艦の排水量を差し引いた残りでやりくりしなければならず、蒼龍はかなり窮屈な設計になっていたようです

 

結局軍縮条約は蒼龍建造中に破棄されることになりましたが、かなり工程が進んでいた蒼龍はそのままで、制限の無くなった二番艦飛龍は拡大改良型として建造されることになったのです 

 

ただ制限が無くなった、とは言え既に計画は進んでおり、それほど大胆に拡大されたわけではなく、後世から見ればやや中途半端な大きさになってしまいました

もしミッドウェー海戦で沈んでいなかったとしても、その後の艦載機の大型化について行けず、扱いづらくなっていたのではないでしょうか

しかしながらこの飛龍建造で得られた知見は、日本帝国海軍空母の完成形といわれた翔鶴型空母、また量産タイプとしての雲龍型空母の基礎となりました

 

先ほど「拡大」「改良」型、と書きましたがもう一つのキーワード「左舷艦橋

これは残念ながら結果的には「改悪」となってしまいました

当時の空母建造は試行錯誤の連続であることは先に述べましたが、艦橋を左右どちらに据えるのが良いかは答えが出ていませんでした

なので飛龍に先立って建造されていた空母赤城、加賀は艦橋が全く無いフラッシュデッキタイプから改装するにあたり、実験的に 赤城=左艦橋 加賀=右艦橋 に振り分けられたんですね

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この2艦の差が実際の運用時にどのような影響を及ぼしたか、を語るうえで空母の煙突について解説しなければなりません

 

長引きそうなので以下次号

(空母写真の答え合わせも次回に持ち越しww)

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